タナカの夢
言葉にできない気持ち
教室でタナカと目が合った。
私は嬉しくて、笑って彼に手を振る。
タナカは一瞬嬉しそうな顔をしたけど、片手をパッと上げただけですぐに素っ気なく顔をそらす。
学校だから照れてるのかな?
とりあえず都合よく、思春期の息子を持った母の気持ちになって解釈をしてみた。
翌日、タナカの住む家を訪ねる。
ネパール語が分からない私は、タナカの母代わりのアサさんとサビタの会話をぼんやり聞いていると、
アサさんが私に何か一生懸命言っている。
サビタに通訳してもらったところ、
タナカがいくら言い聞かせても勉強を頑張らない、とのこと。
成績もクラスで一番悪いとか。
朝も寝坊するし(と言っても6時とかなんだけど)、お手伝いもよくサボるそうだ。
私はとても複雑な気持ちになった。
アサさんが彼のことを想って厳しく言う気持ちも分かる。
でも、言われれば言われるほど、ひねくれてしまうタナカの気持ちも分かる。
元は相手に対する愛情から生まれるのに、
伝えれば伝えるほど相手の気持ちを遠ざけてしまう、言葉で伝えることの難しさ。
そもそも、
人の行動を変えるために、変わってほしいことをそのまま伝えるのは逆効果になってしまうことが多々ある。
その人は何を目指し、何を良しとし、
その人自身がどうなりたいのか、を知ることがまずは重要。
私はタナカにインタビューをしてみることにした。
ー
タナカの夢は何?
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学校から帰ってきたタナカにそう聞いてみると、
彼は目をぱっちり見開いたままで俯いて、固まってしまった。
私は心臓をえぐられるような気持ちだった。
私の無神経な質問がタナカを傷つけてしまった。
下を向いたまま、いつも以上に小さく見えるタナカ。
彼に何と声をかけたら良いのか分からず、
私も黙り込んでしまった。
ー
>>第5回「タナカ」